体育祭秋の陣 紅・黄VS白

時は平成 秋深まりしこの時期、遂にその戦の火蓋は切られたのであった。

後にリリアンの武勇伝として、”でんでんででんでん”と語られる事になるあの忌まわしき戦争が…

「いいっ! 祐巳さん。作戦はわかってるわね!」

「ええ、由乃さん! 任せて!」

二人の少女は高々と掲げられたピストルが鳴る、その一瞬の間にお互いの意識を交わした。

この体育祭という名の戦争! その大戦を勝利せしめる為の作戦を互いに確認すると、まもなくしてピストルの先から高く轟く、戦の開始を告げる音が響き渡ったのであった。

 パァァァン!ピストルの音と共に真っ先に、戦場となる、さらには幾分後には血の海と化すであろう校庭という名のグラウンドに飛び込んだのは、三つ編みを二つぶら下げた少女であった。

遠くにあらば耳に聞け! 近くにあらば目にも見よ! ロサフェティダ・アンブウトン!島津由乃! ここにあり!

籠を背負った少女は誰よりも先にグラウンド中央を占拠すると、高々と名乗りを挙げた。

遅れてやってくる5色の軍勢は彼女を取り囲むが、誰もが由乃の異常な気迫に気後れし、その手に握られるお手玉という名の砲弾を彼女に浴びせるのを躊躇していた。

「由乃さんって……。」

「そうそう……あの……心臓の弱い病弱な……。」

「弾をお当てになってよろしいのかしら……。」

由乃を囲む軍勢からはそのようなヒソヒソ声が聞かれると、さらに由乃への攻撃は躊躇われていく。

(ふふっ! 計算通りじゃ。私にはまだ病弱で乙女チックというイメージが残っておる!これを利用せずして、我が軍に勝利は無い!)

己を囲む大群にもたじろぐ事もなく、由乃は仁王立ちのまま周囲に睨みを効かせていた。

状況が動かないまま、由乃を囲む大群は、由乃に手が出せないままであった。

だが、そこに戦局を動かす名将が到着したのであった。

「あっ、志摩子さん! 実は……。」

紫のハチマキをつけた一般兵が、風格の伴う老猫のような美女に現状を報告すると、希代の名将、絶世の美女こと、藤堂志摩子は報告を聞くやいなや、眼を見開く。

「由乃さんは……、自らのイメージを利用し、あえて一騎駆けを敢行したのですわ。」

そして狼狽する周囲の雑兵達に指示するかのごとく、声を絞り出した。

「だが、私は知っている! そのイメージは虚偽! 皆の者、臆せず、ロサフェティダ・アンブウトンの首級を挙げよ!

そう言うと志摩子は自ら先陣を切って、由乃に向かっていく。

「由乃さん! お覚悟!」

志摩子は走りながら、軽快に飛び上がると、上空から由乃の後背の籠に向けて、彼女の弾丸を放った。

ジャンピングスローから放たれた志摩子弾は、クルーンが投げた球よりも早く由乃を捕らえる。

か、に見えたが、由乃は寸での所で、その弾着を回避することに成功し。志摩子弾は籠をかすめ、遠くへ消えていった。

異変に気付いたのは直後であった。

「なっ……、これは!」

由乃は背負う籠がえぐられているのを見つけたのである。

(ここは、志摩子弾がかすめた場所……、なんて威力……はっ、もしかして!)

由乃の表情の変化に、志摩子は足を止めると、由乃の前に立ちふさがり、

「そう。由乃さんの思った通り。私の志摩子弾は特製でね……、ギンナンが詰められているのよ!」

「なっ! さすがは志摩子さん! 私の上を行ったわね……。」

「喰らえ! 志摩子ガトリング!

まるで乃梨子の愛する阿修羅像が乗り移ったかのように、何本もの手の幻影を伴いながら志摩子は、志摩子弾を由乃に向けて投げつけていく。

「ちっ……。」

由乃は身を横に転がせ、なんとかその攻撃を回避したのであったが、先ほどまで自分が存在していた地面を見ると、志摩子弾に地面がえぐられているのを眼にし、背筋が凍る思いであった。

「覚悟はいい? ロサフェティダ・アンブウトン!」

志摩子はもはや回避することもままならない体勢の由乃に、じわりと歩み寄っていく。

(命運……ここに尽きたか……。だが、しかし……我が軍には秘策が!)

「ねえ志摩子さん、周囲がやかましいと思わない?」

由乃はふと思いついたかのような口調で志摩子の前進をとどめるのに成功すると、言葉を継いでいく。

「私は、もう、風前の灯火。……でも、この周囲の騒ぎはそれだけじゃないと思わない?」

志摩子は思わず周囲を見渡した、確かに先ほどまでは人の波が由乃を囲んでいたのであったが、現在は四散しており、周囲は砂埃にまみれている。

「私が、討ち取られても、緑軍はまだ2つの籠が生きている。けど、この騒ぎは尋常じゃない。」

由乃は不敵な笑みで志摩子に言葉を続けていく。

「緑には、私のほかに、もう一人! 最終兵器がいるのをお忘れかしら?懸命なロサ・ギガンティアなら、もうおわかりよね?」

志摩子の表情は先ほどまでの余裕の笑みから一変すると、踵を返し、紫本陣へと引き返していった。

「あとは任せたわよ、祐巳さん。」

由乃は、安堵の表情とともに、戦場を駆ける、悪魔のごとき親友を眺めていた。

志摩子は走った。息をするのも忘れて、自軍の本陣へと駆け抜けていく。

ようやくにも自軍の本陣へと着いた時、志摩子の眼に映った物は、紫の籠いっぱいに詰め込まれた、コシヒカリであった。

おのれ、コシヒカリ姫め……、このロサ・ギガンティアを謀るとは……。」

時すでに遅し、紫軍は既に終戦を迎え、志摩子は力なく、膝から倒れこんだのであった。

その頃、由乃の視界には、5kgの米袋を担ぎ、イデオンのように全方向ミサイルならぬ、全方向コシヒカリを撒き散らす親友、戦場の悪魔が映っていた。

「祐巳さん、楽しそうにコシヒカリ投げてる……、これで緑軍の勝利は決まったわね。」

由乃は満足げな表情を見せたのだが、すぐに曇っていく。「……、いいなぁ〜、私もなにか投げたいなぁ……。」

「けど、私……籠役だから……、投げる物ないし……。」

由乃はなにか投げつける物でもないだろうか、辺りを探し始めるが、周囲には先ほどの志摩子弾しか落ちていない。

(触ったら、臭いそうよね……。)

由乃は志摩子弾を回収するのは諦めると、すっかり閑散とした周囲を眺め渡す。

「………、見つけた。」

由乃は駆け出した。

黄色の上級生や下級生が陣取る控え場所に、その標的を発見したのだ。

籠を背負いながら、異様な雰囲気で疾走する由乃は、胸元から何か取り出すと、それを、黄色組の先頭で、陽気に踊り狂うカナリアに投げつけたのだ。

それは秋の太陽の日差しを受け、キラリと輝き、その十字のシルエットを映し出した。

令ちゃんのバカー!

「由乃ぉぉぉ。」

カナリアのヘタレ声とともに終戦を告げるピストルの音が鳴らされたのであった。

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