魔法のランプ
1
「2年生の皆様方は、本日は学年集会だそうですよ。」
薔薇の館2F。
そこで最愛の者がまだ来ないのを知らされた2人は不機嫌だった。
乃梨子がドアを開け、入室したのを見ても、それぞれが祐巳か由乃でないことがわかると、途端に失望したような顔をしている。
そんな失礼な3年生相手でも乃梨子は、平静なままに、2年生がすぐには来られない事情を話したのであった。
「ふぅ……そう。なら私達だけで、1Fの倉庫の整理しないといけないわね。」
とてつもなく鬱な顔をしながらも、祥子は紅薔薇様の自覚が勝ったのか、今日のやらなくてはならないことを告げる。
「あそこは狭いし、三人でも充分じゃないかな。」
令は、そんな祥子を元気付ける為だろうか、そんなに大変な仕事ではない事をアピールしている。
が、祥子が鬱なのは三人で倉庫整理することでなく、祐巳と二人っきりで倉庫に籠もることが目的であったからなのだ。
隙あれば、襲ってしまいたい。
祥子は前日にそんな妄想に浸っていたとは、令はもちろん、乃梨子も知らない。
「じゃあ、さっさと終わらせてしまいましょうか。」
乃梨子は長袖をまくると、肘の上まで上げ、いざ掃除! といった準備を整えると、3年2名を引きつれ階下に向かった。
祥子は色病、令はヘタレという、難病を抱えている山百合会にとって、乃梨子の常識人ぶりは貴重であった。
のだが、そのイメージも明日、崩れていく事になるとは、夢にも思わなかった。
1-2
「えっと、コレ……なんなんでしょうか?」
倉庫の荷物を纏めたり、箱を整頓したりしているうちに転げ落ちたのだろうか。
乃梨子は床に落ちた古めかしいランプを拾い上げると、過去の劇で使用したものであろうか思案したのち、上級生に尋ねる事にしたのであった。
「なに、コレ? 祥子、見覚えある?」
令は、乃梨子の手に握られるランプを見ても、何も思い当たることがなく、隣の祥子に助けを求める。
「……、記憶に無いわ。」
だが、祥子も首をひねるばかりであった。
誰もが、その存在を不思議に思う、そのランプに視線が注目する。
「なにか、魔法のランプみたいですよね、ほら、擦ると魔人とかでてくる……。」
乃梨子は、自分がなにか変なものを話題に上げてしまったのではないかと、不安なのだろう。
昔読んだ童話のように、冗談めかして、そのランプをさすってみたのであった。
「言われて見れば、古めかしい、そんなランプね。」
令も、そんな雰囲気がイヤだったのであろう。
面白かったわけでもないのだが、クスリと笑うことで、場の空気を和ませようとする。
そんな令の努力が功をなしたのであろうか。
確かに場の空気は変わった。
もくもくもくもくもくもくぅ
ランプの先から、乃梨子がさすったのと同時に、煙がもくもくと、倉庫に充満していったのだ。
「何コレ……、ちょっと、ゴホゴホッ……、乃梨子ちゃんなんとかしなさい!」
ヒステリックに祥子が叫んでいるが、もはや乃梨子からも、令からも、祥子の姿を確認することはできなかった。
それくらいに煙は倉庫内に充満している。
しばらくして、ようやく視界が開けてきた。
乃梨子は煙たそうに眼を細めながらも、状況を確認する。
(えと、あそこの人影は祥子さまで……、あっちの状況にビビってヘタレてるのが令様……!)
(なに、もう一人いる! だ、誰なの?)
乃梨子は勇気を振り絞り、その三人目の人影に近づいていく。
そして、ようやく、手を伸ばせば届く距離にまで近づいたその時、
「ふぅ、やっと出れた。」
先ほどまでいなかった人影は、そのように発言したのであった。
なんとなくその声に聞き覚えがあった。
「せ、聖さま……、何をなさっているのですか……。」
もはや室内の煙もほとんど散ってしまっている。
ヘタレ込んでいた令さまも、通常モードに切り替えが済むと、乃梨子、祥子、令は、その聖に似た人物を取り囲んでいた。
「聖さま、私の事? いやだなぁ。違うよ。私はランプの聖だってば、アハハ。」
取り囲まれているにも関らず、その人物は冗談を言うと、笑い転げている。
間違いない、こんな変なコトをするのは……、佐藤聖だ……。
(笑えねぇ……、なんだ、このくそつまらねぇダジャレは……。)
乃梨子は、いわばお婆ちゃんに当たる、彼女に、なんとなくムカついたのでありました。
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